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<汲温会東京支部第100回総会 前夜祭バスツアーのお知らせ>

すでにお問い合わせくださった方は、入金を持って申し込み完了となります。まだご入金いただけていない方は、3月9日までにご入金ください。入金先等、ご不明な点がおありでしたら、遠慮なくsoukai2018@gmail.comまでお問い合わせください。

なお、バスツアーはご好評いただき、お問い合わせいただいた方で現在満席となっておりますが、問い合わせをされていない方で、ご希望の方はキャンセル待ちを伺っております。お気軽にsoukai2018@gmail.comにお問い合わせください。
 
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ただいま、前夜祭としてバスツアーを企画しており、ご興味のある方からの問い合わせを受け付けております。内容が決まり次第問い合わせをいただいた方に、詳しい内容をご連絡差し上げます。

お気軽にお問い合わせください。

 

 

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〈  第16回 江戸東京文学散歩  〉 

                                 

                                        2017年11月9日

 

魚河岸の街、首都圏の台所として知られ、移転問題でゆれる築地は、明治時代外国人居留地が置かれていました。
今回は、その築地ともんじゃ焼きで有名な月島(佃島)を回りました。

月島駅に集合、ガイドさんの案内のもと3グループに分かれ出発。
月島というロマンチックな名前は「月の岬」という月見の名所があった事からつけられたそうです。
「もんじゃ通り」には80軒ほどのもんじゃ焼きのお店が軒を連ね、おいしそうな写真やポスターが目を楽しませてくれますが、やはり関西人の私達には「お好み焼き」が一番です!

家康が摂津国佃村(大阪市)漁師を呼び寄せ築島させたのが佃島。
ここでつくられた佃煮は江戸の味として親しまれています。わたしもイカナゴの釘煮の次に好きです!
大阪の住吉神社から分霊した住吉神社があり、皆、関西を思い心を込めてお参りしました。
時代劇でおなじみ鬼平が作った人足寄場を見、下町風情の残る佃島を後に隅田川を渡りました。

川を超えると雰囲気は一変、神戸を思わすハイカラな雰囲気。やはり居留地だったからでしょうか?
当時瀟洒な洋館の並んでいたところは今、聖路加ガーデンとなっていて病院、ホテル、タワー、学校等が建っています。タワーの展望室(47階)からは都内が一望できるそうです。
慶応義塾発祥の碑、解体新書の碑、芥川龍之介生誕の碑を見て、築地本願寺へ。

築地本願寺は西本願寺の別院として浅草に建てられましたが、明暦の大火で焼失。
海だったところを埋め立て移って来たそうです。それが築地の由来です。知らなかった!
本堂は関東大震災による火災で焼失したので、古代インド洋式で立て直されました。
堂々とした立派なお堂なのですが、あまりに個性的なので「これがお寺?」と見入ってしまいました。

築地市場を見ながら,楽しみなランチ「ボン?マルシェ」へ。
築地直送の新鮮食材のイタリア料理をいただきながら楽しいおしゃべりに花が咲き、時を忘れてしまいました。

居留地という神戸との共通点など思いがけない歴史、いろいろな由来、新しい建物など興味津々の散歩でした。

次回は、銀杏で有名な神宮外苑を20181127日(火)に散策する予定です。
晩秋に美しいコースです。とても楽しみです。

 

 

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今回は、明治時代には赤煉瓦やガス灯で文明開化のシンボルとなり、今また「東急プラザ」や「銀座シックス」などの新しいビルが生まれ、いつの世も人々を魅了する銀座の裏路地をガイドさんの案内でまわりました。 

「新橋駅」に集合し、汐留シオサイトを眺めながら「旧新橋停車場」へ。
明治5年に日本最初の鉄道が「新橋?横浜」間に開通。「汽笛一声 新橋を?」の歌が生まれました。開業当時の駅舎は現存しませんが、遺構が発掘されたので、その真上に復元駅が再現されています。鉄道の起点を示す「0キロポスト」や当時のプラットホーム、軌道を見ることが出来、世の鉄道好きには外せない場所、聖地となっているそうです。

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歌で有名な「銀座の柳」を見て、カフェパウリスタへ。ここで飲むブラジルコーヒーを「銀ブラ」と言うのだそうです。
知らなかった!銀座ブラブラのことと思っていた私です。

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江戸幕府の筆頭能楽派金春流の屋敷のあった「金春通り」を通り、有名な寿司処「銀座久兵衛」前を通り、営業中の「ドトールコーヒー」の中を通り抜け(飲まず通るだけ!ありえへん!)、福沢諭吉が創設した日本最古の社交機関「交詢社」へ。

 

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昔ながらの建物の一部が残っており堂々とした雰囲気がさすがです。
太宰治ゆかりの「バールパン」。昭和のロマンが息づく地下酒場で、今もしっかり営業中です。カウンターの前の椅子に腰掛け、足を組んだ太宰の写真は有名で本人も大好きな写真だそうです。

 

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松坂屋跡に新しく生まれた「銀座シックス」を横目に見ながら「みゆき通り」へ。
「みゆき通り」という名の由来は、明治天皇が皇居より海軍兵学校に「御行幸」されたときに通られたからです。

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街灯の上には鳳凰の彫刻が鎮座しています。

 

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日本で一番地価の高い公立小学校「泰明小学校」は重厚な鉄門や昭和初期のモダンな校舎で有名です。

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泰明小学校(地価が高いだけあって狭い)をぐるりと回り、「君の名は」で有名な数寄屋橋へ。新装なった「東急プラザ」では屋上に上り銀座を上から見学、思いがけず銀座が一望できました。
不二家ビルの隣の小さなビル(ビッグエコーのビル)の地下にあるのがアメリカのオバマ大統領が行かれた寿司処「数寄屋橋次郎」。ミシュラン3星で有名なのにあまりに小さく目立たないのにビックリ!この辺りは交通量が多くお店が狭いので警備が大変だったと聞き納得!

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ビルの角の愛のキューピットが有名な「天賞堂」を通り、「宝童稲荷神社」へ。
ここは子育てや商売にご利益があるということなので近所の人々が大事に守ってきています。私達も順々に心を込めて御参りしました。

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カツカレーで有名な「グリルスイス」や明治28年開店の洋食の「煉瓦亭」等を見ながら、新装なった「ミキモトギンザ本店」まで歩きました。

 

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 地名や通りの由来、歴史の重みのある建物、新しい建物、変化する銀座、見所満載の興味のつきない散歩となりました。お昼はミキモト近くの「銀座香家」で創作和食をいただきながら、楽しいおしゃべりに花が咲きました。
次回は、11月9日(木)、今話題に上がっている築地界隈を散策します。とても楽しみです。          
           (文 18回井上みゆき 写真18回中村夕起子)

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第14回となる江戸東京文学散歩は11月8日に「谷根千(やねせん=谷中・根津・千駄木)を歩く」でした。

集合場所は東京メトロ千代田線 千駄木駅。

今回も10数名ずつのグループに分かれ、街歩きガイドさんの案内で歩きました。

団子坂下交差点をスタートして、団子坂を上りました。

今はなだらかな団子坂は、その昔はもっと急な坂で、雨降りの日に転ぶと泥まみれの団子のようになることから名付けられたそうです。

最初の訪問地は団子坂上にある「文京区立 森鴎外記念館」。

 

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ここは1892(明治25)年森鴎外が30歳のときから、1922(大正11)年7月9日、60歳で亡くなるまで、家族とともに住んだ家のあった地だとのこと。

家の2階からは遠く海が見えたと言われ、鴎外により観潮楼(かんちょうろう)と名づけられ、多くの文化人たちが訪れ、さながらサロンのようであったということでした。

 

建物は1945(昭和20)年に戦災により焼失。


焼けずに残った大銀杏と、その根元に、鴎外が座って文学仲間と語り合ったと言われる「三人冗語の石」、

 

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表門の敷石がわずかに当時を偲ばせてくれました。

 

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今開催の特別展は「文して恋しく懐かしき君に ―鴎外、『即興詩人』の10年―」。

『即興詩人』は、鴎外が翻訳に約9年の歳月をかけた、デンマークの作家・アンデルセン原作の自伝的小説で、鴎外と同じ島根県津和野町出身の画家・安野光雅が描いた『繪本 即興詩人』や『口語訳 即興詩人』の原画などを鑑賞しました。

 

団子坂下に戻り、その先に続く三崎坂(さんさきざか)を上り、山岡鉄舟ゆかりの全生寺や、

 

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江戸三大美女のひとりとして有名な笹森お仙の碑のある大圓寺にお参り。

 

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藍染川の流路であったところが埋め立てられて道になったため、曲がりくねっていることから「へび道」と呼ばれる、文京区と台東区の区境の道を歩き、権現裏門坂を上がって根津神社に向かいました。

 

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境内の乙女稲荷神社は奉納された赤い鳥居が林立する幻想的な風景。

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いま、人気のパワースポットだそうです。

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宝永3(1706)年に完成した権現造りの本殿。

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本殿はじめ、幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、しかも300年経て今なお寸分の狂いもないそうで、度重なる震災や戦災に耐えて残る当時の技術の高さに驚かされました。

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ランチ会場は、敷地内に森鴎外旧居がある「水月ホテル 鴎外荘」。

中庭に森鴎外が新婚時代に住んだ、明治の雰囲気漂う日本家屋が保存されています。

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ランチは豪華二段弁当と茶碗蒸しと水菓子。

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40名の参加者とにぎやかにおいしくいただきました。

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午後は各自それぞれに上野の山を自由散策。

曇り空でしたが、ちょうどいい散策日和で歩きやすく、森鴎外の足跡を辿る有意義な文学散歩になりました。

春の文学散歩は5月18日(木)に「銀座裏路地散歩」を予定しています。

快晴に恵まれた5月19日の第13回江戸東京文学散歩は「御茶ノ水」でした。

今回は40名を超える多数の参加者で、10数名ずつのグループに分かれ、ガイドさんに案内していただいて歩きました。

まず向かったのは梅の名所の湯島天神。

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学問の神様として知られる菅原道真公をお祀りする天神さんは、受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れるところとして有名です。

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江戸時代に建立された権現造の社殿は、明治18年に改築されましたが、老朽化が進んだために平成7年(1995年)12月に総ヒノキ造りで再建されたものだそうです。

 

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清水坂を下り、蔵前通手前の道を入ったところにある小さなお宮は「妻恋神社」。

 

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「日本武尊が東征のおり、三浦半島から房総へ渡るとき大暴風雨に会い、妃の弟橘姫命が身を海に投げて海神を鎮め、尊の一行を救った。」ことから、縁結びの神様として親しまれていますが、小さな神社ながら神代の時代からの壮大な由来を持つ神社でした。

 

次にお参りした神田明神は、江戸東京の総鎮守で、一の宮に大黒様、二の宮に恵比寿様、三の宮に平将門公を祀り、縁結び、商売繁盛、厄除けの神様が一同に会し、願い事を何でも聞いてくださる懐の広いお社です。

 

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 将門様に祈願すると勝負に勝つと言われ、現代の勝負師たち(ビジネスマン)が初詣に来るところとして有名です。

 

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『銭形平次 捕物控』のなかで、主人公の平次さんは「神田明神下」の長屋に住んでいたそうで、ガイドさんが本殿右手横にある「銭形平次の碑」に案内してくれました。

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湯島聖堂は元禄時代、5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟で、「日本の学校教育発祥の地」とされ、湯島天神とともに、合格祈願のために多くの受験生が参拝に来る聖地となっています。

杏壇門(きょうだんもん)をくぐり、

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大成殿(孔子廟)を望むと、荘厳な空間に身が引き締まる思いがしました。

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 御茶ノ水駅横にかかる聖橋を渡って向かったランチ会場は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により1936(昭和11)年に完成し、アール・デコ調のクラシカルな内外装を残した山の上ホテル。

 

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かつて出版社の密集していた神田に近いところから、作家の滞在が多く「文人の宿」として名高いホテルで、おいしいランチをいただきました。

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午後はニコライ堂へ。

「ニコライ堂」は日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライにちなんだ通称で、正式名称は「東京復活大聖堂」という正教会の大聖堂です。

 

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ミハイル・シチュールポフ、およびジョサイア・コンドルの設計により1884(明治17)年から7年の歳月をかけて建てられましたが、関東大震災の後と、1990年代に本格的な修復工事が施されて現在の聖堂の姿になったそうです。

 

今回は歴史や名前の由来を学んだり、学問、縁結び、商売繁盛、厄除けの神様を巡るなど盛り沢山な散策で、大変有意義な一日になりました。

 

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 秋の文学散歩は11月8日(火)に 谷根千(谷中・根津・千駄木)を予定しています。

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